E-ロマン画家天馬ふぇみおの笛美男IZM

底辺エロ漫画家...もとい愛の"ロマン"を紡ぐ『E-ロマン画家』、天馬ふぇみおの肥溜みたいな日常を綴るブログ

性癖 ~エロ漫画道~ 3

私の名は天馬ふぇみお凌辱モノ専門エロ漫画家として社会の底辺で清く貧しくを、いやを勤しむ愛の使者である。

 今日も、この世から性犯罪で苦しむ被害者を少しでも減らしたいとの純粋な想いから、アブノーマルな性癖と妄想に取り付かれた迷える子羊たちのために、何の罪もない正義感に燃える女ジャーナリストが安部元首相と麻生元首相そっくりの悪徳政治家に輪姦されてしまう、というロマンチックラブコメディーをあくせくと執筆しているしだいである。

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さて、そんな天真爛漫容姿端麗な私の人に言えないサディスティックな性癖というのはいかにして形作られたのか・・・?
 今回こそ、その謎に迫るべく、私の人格形成に少なからぬ影響を与えたであろう事象を、過去の記憶の中から掘り起こしていこうと思う。




 その1 「ルパン3世」第1話「ルパンは萌えているか?」

 おそらく私が自分の中で記憶する限り、最初の性の目覚めがこれである。最初の性の目覚めというのは、早い話が勃起したと言うことである。
 幼児でも、レム睡眠中は勃起するというので、無意識下ではこの以前から何度も勃起しているのだろうが、初めて、「あれ?僕のオチンチン立ってるよ?なんで?」とその青い欲望の隆起を意識的に認めたのはこれが最初である。

 あらすじをかいつまんで説明すると、

「悪の軍団に捕らえられてしまった峰不二子。
 彼女は手術用の台のようなものに大の字に張りつけにされる。
 つなぎのライダースのはだけた胸元から豊満な乳房の一端が見え隠れする。

 ふと、デブおやじ(悪の組織のドン。名前忘れた)がリモコンのようなものを取り出すと、ニヤッと笑ってスイッチを入れた。とたんに、台の至る所から、にょきにょきとマジックハンドのようなものが突き出てきた。その指先は、機械とは思えないほどに器用にアップ&ダウンを繰り返していた。さらにおやじがスイッチをひねるとその無数のテクニシャンたちは一斉に不二子の熟れた体に襲いかかる。肌にピチピチに密着したライダース越しに、触手たちは確実に不二子の神経を刺激していった。くすぐったいようなこそばゆいような感覚。
「いやあ、やめてえ~キャハハハハハハ」
不二子は必死に体をよじり触手から逃れようとするが、四肢をつなぐ鎖がそれを許そうとはしなかった。



ルパンは萌えているか



と、こんな風なあらすじだったと思う。小学校低学年の時に再放送で見たものなので、だいぶ記憶が曖昧なのだが、不二子ちゃんが悪戯されてるシーンだけはよく覚えている。

 その当時、興奮したらチンチンが立つものらしいということは知っていたが、それは大人の世界の話だと考えていた。私はなんだか嬉しかった。
 大人としての儀式を通過したような気がしたからだ。実際には、それを神秘の穴に突っ込んで初めて大人になるのであるが、当時の私にそこまでの知識はなかった。

 そのあとも、変な殺し屋が出てくる話で下着姿の不二子ちゃんがロープで縛られてつるされたりと、なかなか刺激的な洗礼を多く与えてくれたこの番組であるが、回を追うごとにソフトになっていった気がする。

 そんな訳で、私は今はやりの「ロリ顔」の女に全く萌えず、なんか童顔で物腰も幼い女の子だと例えそれが18歳越えていようとも犯罪犯しているような後ろめたさを覚えるのだった。やっぱボインでむっちんぷりんでフェロモンの色が透けて見えるくらいの大人のお姉さんじゃなきゃ駄目なのだ。

 余談だが、私が、初めて挿入した相手は、なんと一回り以上も歳上おばさんお姉さんだった、とここに追記しておこう・・・・・・

性癖 ~エロ漫画道~ 2

 私の名前は天馬ふぇみお、悪を憎み性戯を、いやもとい正義を愛する地球に優しいナイスガイ。
 そんな私の職業はロマン画家。男女の甘酸っぱいロマンを描き出すのを生業にしている。人によってはそんな私をエロマン画家などと呼ぶものもいる。 

さて、今回はそんな凌辱専門エロ漫画家たる私の、性癖の話である。私がどんな幼少期を迎え、どんな性癖を形成するにいたったか・・・

 フロイトいわく、「人間は考える性器」であり田島陽子先生いわく「男というのはどれもコレも人の皮をかぶったチンポである」らしい。

 少し私の博識ぶりを披露する事を許してもらえるならば、フロイトの「夢診断」を読む限り、夢の中で筒状のものが出てきたらそれはすべてチ●ポの象徴であり、穴状のものがあったらそれはすべからくマ●コなのだという。
 ちなみに私はよく肛門を誰かにくすぐられる夢を見るのだが、フロイト先生ならこれをどう読み解くであろうか。

 フェミニスト代表として一時期マスコミにもてはやさ田島陽子女史に関して言えば、彼女のような不細工がフェミニズムふりかざしても説得力は皆無で、ブスの僻みにしか聞こえないのは私だけだろうか。

 よほど男で辛い目にあったのだろうが、あの顔じゃ仕方ないかもしれない。しかし、彼女だって可哀想な人なのだ。男性を信じられない、男はすべてセックスのことしか考えない腐れチンポとしか認識できないのだ。

 おそらく彼女はコレまでの人生でろくな男と出会わなかったのだろう。世の中には私のような、ただただ愛する女性に対して惜しみなき愛と慈しみと自己犠牲を捧げることに至上の喜びを見出すような男だって存在するということを知っていれば、彼女もあそこまで歪むことはなかっただろう。彼女の言葉を少し私なりに訂正して、こんな言葉を君たちに送ろう

男とはその半数以上が皮をかぶったチンポである(あくまで日本人の場合)」{資料提供:神奈川クリニック}




 はて……なんの話だったか・・・?

 そうだ、性癖の話だ。

 ロバート・k・レスラー『FBI心理分析官』という本で、女性の断末魔の瞬間を想像することでしかオーガズムに達することの出来ない服役中の猟奇殺人犯の話を読んだことがある。

 彼は自分でもそんな性癖がいけないことをわかっていて、何度も普通のセックスシーンを想像して自慰に励もうとしたのらしい。
 だが、そのたびに挫折し、結局「モニカ・ルインスキーがホワイトハウスでクリントンに亀甲縛りにされた挙句に肛門に44マグナム突きつけられ、胴体貫通して口から飛び出した弾丸が2階で自慰に励んでいたヒラリーの心臓をぶち抜く」シーンで逝ってしまったとか、そんな話だったと思う。

 つまり、性癖とは、意志の力ではどうにも出来ない、人間の心の最後のブラックボックスなのだ


 やっと本題に戻れるわけだが、私にも悲しいことに、それが正常ではないと自覚し、直そうと努力してきたにもかかわらずやはりどうすることも出来ない性癖というものがあるわけだ。

 すなわち私は、サディストなのだ

何かに束縛されてがんじがらめになってるような状態に、言いようのない絵的な美しさを感じてしまうのだ。というと、芸術家の性のようで聞こえはいいのだが、美しさを感じるだけでなく、そこにどうしようもない興奮を抱いてしまうわけだ。


早い話が・・・縛りが好き!


この一言に集約できるだろう。
さらにつっこんで言えば、縛られて抵抗できない女の子が羞恥心に顔を歪めているのを尻目に悪戯したいよね?という醜く腐りきった欲望の持ち主が私なのだ。


 しかしながら、ここで私を軽蔑するのは少し待っていただきたい。これは私だけの責任ではなく、すべては環境的要因によるものだからだ。

 そういうわけで、またまた史上最大の脊椎動物、シロナガスクジラのチンポ並に前置きが長くなってしまったが、次回からこそ、私の性癖を形成するに至るまでの幼児体験を書き連ねていこうと思う。


性癖 ~エロ漫画道~ 1

 私の名は『天馬ふぇみお』凌辱モノ専門のエロ漫画家としてこの広い地球の片隅、社会の底辺で今日も、Gペンと自分の生殖器を握り締めながら、頑張って小さな生を全うしている。

 思えば、幼少の頃より手塚治虫先生の名作を読み漁り、藤子先生の漫画道に感銘を受け、いつか自分も漫画で人を感動させられるようになりたい、手塚先生みたいになりたい、そう思って漫画に打ち込み続けてきた。
 その想いは今も一片も色あせることなく私の心の奥底で光り輝き、そして今日も私を原稿制作へと向かわせるのだ・・・・ちなみに今執筆中なのはスラム街で没落貴族のお嬢様がかつての召使に姦られまくってしまうというハートウォーミングな物語だ。
 手塚先生も草葉の陰から微笑ましく私を見守っていてくれているに違いない。

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 そんな私がよく想いをはせるテーマがある・・・

     人はどこからきて、何処に行くのか?

      もとい・・・

   私の性癖はどうやって形作られていったのか・・・?


 人は一人では生きていけないし、環境によって形作られていく。
 実際、人間の成長要因のほとんどが後天的な環境によって左右されるのだということがわかっている。人間にとって、遺伝子の呪縛というのは意外なほどに脆弱な因子に過ぎないらしく、むしろ人間の感性を築き上げるのは、思春期までの環境によるスリ込みである。

 幼児期に虐待を受けた人間が成長して今度は子供を育てる立場になったときに、自分が受けたのと同じように暴力を振るってしまう事が多い、というのも幼児期に形成されたトラウマによるものである。
 もっとミクロなレベルで話をすれば、女性の好みや、興奮するシチュエーション、そんなものすらも、幼児体験、読んだことを覚えてすらいないような漫画、何気なく親と一緒に観ていた映画などの刷り込みによって培われていくのだ。

 だからたとえば、私がどんなマニアックな趣味をしていようとも、それは私のせいではなく、ただ単に育った環境によるものなのだ。

 ここまでの文章をご覧になっただけでも、ある程度の知性を兼ね備えた人であるならば、私という人間が、ネタとして駄目人間を演じているだけで、実際のところ驚くほどの常識と知性と思いやりに満ち溢れた人間であることを理解してくれていることと思う。いくら相手の顔の見えないバーチャルな世界だとはいえ、やはり人間の本性というものは透けて見えてしまうものだから。
 
 実際のところ、私は読者の皆さんが期待するような特異な幼児体験というものはない。萩尾望都先生の「トーマの心臓」「残酷な神が支配する」をこよなく愛読する私は「美少年たるもの虐待経験のひとつやふたつなけれりゃいかんだろ!」というイデオロギーの持ち主である。

 しかしながら私自身はいうとと、幼少時から親の愛を一身に受け、周囲からも愛らしい愛らしいともてはやされ、心優しき友人にも恵まれ、周囲の期待がプレッシャーではあったが、人の善意を疑うことを知らない素直な私はその期待に応えるために精一杯努めてきた。
 そして親の期待通りにエリートコースを上り詰め、人々からの賞賛の声に奢ることもなく、ただひたすら周囲の人々の幸せを考え謙虚に日々精進に励んできた。私という人間は、コレまで関わりあってきた人々の愛情によって育まれてきたといっても過言ではない

 そんな体験が血となり肉となり、今私は「没落貴族のお嬢様がスラムの底辺でかつて親のように慕っていた召使に姦られまくり、売春婦として売られ、しかも彼女をそこまで転落させた張本人がその善人面した召使だった」なんていうハートウォーミングなマンガを描いたりしているわけだ。

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 さてそんな「非の打ち所のない人間」と周囲からもてはやされる私であるが、もちろん自分でそれを肯定するほど厚顔無恥ではない。私だって人間だ。後ろめたいことの一つや二つはある。

 そのうちのひとつは、手塚先生の名作「ブラックジャック」でピノコがブラックジャックにお仕置きされてるシーンで興奮してしまったという暗い過去のことだ。もう一つは忘れた。

 ただわたしは心の奥の負の部分を表に出さず、隠し通すだけの理性と常識と強い倫理観を兼ね備えているから、まともに社会の中で信用を保っていられているのだ。。しかしいくら強固な意志を持っていようともどうしようもできないものがある。

 それが性癖である

 
 前置きが、イタリアのアナル貴公子と呼ばれるAV男優、ロッコ・シフレディのチンポ並に長くなってしまったが、次の回から、私という人間の性癖がいかなる幼児体験から形成されていったかを探ってみることとしよう

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    (続く)


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