E-ロマン画家天馬ふぇみおの笛美男IZM

底辺エロ漫画家...もとい愛の"ロマン"を紡ぐ『E-ロマン画家』、天馬ふぇみおの肥溜みたいな日常を綴るブログ

エロ漫画家はなるべく楽したい その2

 私の名前は天馬ふぇみお、PC上でエロ動画を観ながら同時にブラウザを立ち上げて他のエロ動画の内容を吟味しつつ、ちんちんを握りしめた右手はしっかり動かし続けるという3つの作業を同時にこなす、パラレルオナニーe-ロマン画家である。

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つまりこのように「Gパン熟女尻振りスパンキング」という
マニアックな動画をオカズに右手を動かしながら、左手でマウスを
操作して「熟女」で検索した動画一覧をチェックする訳である


 どうしてそんなことをするのかといえば、エロ動画サイトには月額2980円払って会員になれば動画が観放題というサービスがあるからである。毎月3000円払い続けるのがもったいない貧乏な私は一ヶ月で解約するつもりで、その分解約するまでの間にめぼしいエロ動画をすべて観まくるための効率的な行動を試行錯誤しているうちに、エロ動画を吟味するそばから鑑賞しつつさらにオナニーもするという同時並行オナニーシステムにたどり着いたのである。


《超悪戯》

 そんな効率的な行動を心がける私が、とある同人サークルからデジタル紙芝居の仕事の打診を受け、二つ返事でオファーを快諾したというのは前回書いた。
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 何故喜んで仕事を受けたかといえば、楽そうだったからである。

 オファーの内容は、基本の絵を最低4枚描き、そのそれぞれの基本絵に差分を加えて4パターン以上に水増し(つまりトータル16パターン以上の絵を作る)して、そこに文字を加えて最終的に48コマ以上の紙芝居を作る、というものであった。まぁざっくばらんにわかりやすく言うと、うまいこと絵を水増ししまくれば少ない作業量で楽できる、そういうことである。

 しかしいざ絵コンテを切る段になってそううまくいかないことに気づいた。

 例えば、エレベーター内で痴漢されてる、という設定で基本絵を描くとする。でもいきなり服を脱がされた状態というのは不自然だから段階的に脱がされてく、みたいな感じにせざるを得ない。

 そうなるとまず基本の絵として裸の図を描いて・・・
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 その上に下着を描き重ねて・・・
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 さらにその上に服を描き重ねる、という風に結構めんどくさい作業が必要になってくるのだ。
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 勿論、描く順番的には 裸→下着姿→着衣姿 だが、ストーリー的には 着衣→下着→裸の順番で展開させていくわけだ。攻めてる男の方もおっぱい揉んでる時と股間まさぐってる時じゃ当然ポーズが変わるのでシーンに合わせていくつかパターンを描かなければならない。

 で、基本の絵を水増しするにしても、同じような絵面が続くとあれなので、画面に変化をつけるために股間のアップの絵を要所要所に差し込んでみたり、たまに基本絵から人物だけトリミングしてアップにしてみたりする訳だ。
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↑人物をアップにするついでに角度も回転させて違う印象
の絵面になるようにせせこましい努力をしてるのである


 こうなってくると結構な作業量になってくるし、効率的に画面に変化をつけようと思ったら絵コンテの段階でどの絵をどう再利用して、とか計算づくで設計しなきゃならない・・・・結構めんどくせぇっΣ(゚Д゚)

 いっそのこと48枚絵を描きおこしちまえばウダウダ頭を使わなくて楽なんじゃねーか、とすら思ったが、それではギャラに対するコストが釣り合わない。

 あくまで仕事の効率を重視するのが私のモットーである。

 ちなみに中学生のころは、昼飯を食べながらトレーシー・ローズの無修正エロビデオを観るという荒行もこなしていた。これもひとえに効率性を追求した結果であった。
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 当時中学三年生で受験勉強で忙しかった私は友達から裏ビデオを借りたが、だけれども両親も兄貴も出かけて家に一人きりになれる機会が限られていたので、「抜きどころをしっかり吟味して、ここぞというポイントで最高のオナニーをしたい、でもお腹がすいた・・・」というこの3つの欲望を限られた時間の中で効率的に満たすにはそうするしかなかったのである。
 友人からは「マ●コみてーなグロイもの観ながらよく飯食えるなΣ(゚Д゚)」と驚かれたが、トレーシーのあそこはアジア人の紫色したアワビと違い、薄ピンク色の綺麗な仕上がりだったので全く食欲を削がれることはなかった
 トレーシーのあそこが綺麗だったのは、年齢詐称していたが実はまだ彼女が15歳の少女だったから、というのもあるかもしれない。
 100本以上のAVに出演しポルノクイーンの異名をとったトレーシーだが、実は18歳以下だと発覚し、出演作の大半が現在は発禁処分になっている。25歳くらいのおねーさんと思って抜いていたが、実は私は15歳の小娘のAVでオナニーしていた性犯罪者だったのである。しかしそれも私が14歳の時の話なのでもう時効であろう。

 さて・・・・、何の話をしていたのだったか("゚д゚)?

 そうだ、デジタル紙芝居の作成がなかなかめんどくさいという話だ。

 まぁ序盤は徐々に服脱がしたりと色々あるから仕方ない。しかしいざ挿入しちまえばこっちのもんだぜ!と私は高をくくっていた。
 なにしろピストン運動なんて同じ動作の繰り返しだから挿入シーンの絵を1枚か2枚描いたらそれをテキトーに水増しすれば楽できるぜ!と思っていたのだが、それはそれで別の問題が生じるのであった。

 長くなるのでそれについてはまた次回述べることとしよう

(続)

エロ漫画家はなるべく楽したい その1

 私の名前は天馬ふぇみお、ゴルゴ13のようなHに憧れるちんぽスナイパーe-ロマン画家である。
 ゴルゴなHとは何か・・・最近ケーブルテレビでアニメ「ゴルゴ13」をイッキ見していて、そこにちょいちょい濡れ場が入るのだが、大抵ゴルゴはベッドに仰向けに横たわり、そこに女が跨って勝手に上で「こんなの初めてぇ」とヒィヒィ言ってるのである。
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 ゴルゴはマグロ状態で女をイカセまくるというのに、私ときたら30分以上もちまちまと前戯した挙句5分間セコセコ腰を振ってフィニッシュするのである・・・なんだか自分が惨めに思えてくるではないか。
 この差は一体何なのか?やっぱり股間のマグナムの差なのかΣ(゚д゚lll)?

 正直前戯するのも腰を振るのもめんどくさいので、『ゴルゴのようにマグロなまま女をイカセまくれる男になりたい(;´Д`)』と夢想しながら今日も私はオナニーをするのだが、いい加減オナニーの際に手を動かすことすらも面倒くさがってる自分がいるのであった。


《超痴漢・・・改め 超悪戯》

 そんなめんどくさがりの私にうってつけの仕事が来た。同人関係の仕事なのだが、『超悪戯』という痴漢をテーマにしたデジタル紙芝居のアンソロジーである。
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 Amazonが何年か前から「凌辱」という言葉をNGにしたことがあったが、最近DMM.comも企業として大きくなったために企業イメージを気にしてか、痴漢とかレイプとかそういう犯罪めいた言葉はNGにする方針になったらしく、それで「超悪戯」というなんかいまいちピンとこないタイトルになったらしい。

 デジタル紙芝居というのは、カラーイラストに文章を乗っけて絵本調にしたものである。クライアントさんから出された条件は基本絵4枚、あとはセリフやちょっとした絵の付け足しなどの『差分』を作ってトータルで40枚以上の絵を使って物語を作ってくれ、というものであった。

つまりこれが「基本絵」だとしたら・・・
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セリフや擬音を変えたり別の小さなイラストを
差し込んでちょっとした変化をつければ「差分絵」
になる

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 つまりカラーイラスト4枚描けば、あとはそれをちょびちょび変化つけて水増しすればいいとうことだ・・・オナニーの際に手を動かすのも嫌だからDMMで電動おなホール『vibrationHIP 激震名器』を買おうかと思ってる位にめんどくさがり屋な私にとっては垂涎の美味しい仕事に思えた。
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 しかし、世の中に楽な仕事など存在しないのであった・・・

(続)

エロ漫画家、珍しく真面目なことを言う

私の名前は天馬ふぇみお、チンコの大きさに反比例して声の大きさに定評のある、声だけ巨根e-ロマン画家である。
 ちなみに声がデカいのが自慢の私だが、それ以外に昔ドS女にアナルを拡張されたせいで「」もそこそこデカい。
 今回は珍しくマジで真面目なことをかくので、アホなノリを期待してる方は読まない方がいいかもしれない。


≪命がけのエンターテイメント≫

 つい先日、知り合いに誘われてディファ有明に行ってきた。『ビッグ便』という興業で、名前から察するに、いかにデカい大便をするかを競い合うスカトロマニアの祭典だろうと思われた。

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 スカトロ趣味は一切なかったがエロ漫画家としての慧眼を深めるために行くしかなかろうと思い、行ってきた。

 いざディファ有明に行くと、開催されていたのはスカトロ興業ではなくキックボクシングの興業であった。前述のとおり肥の大きさには自信があったので、いざとなれば飛び入り参戦しようと思いイチジク浣腸も用意していたのだが無駄な買い物であった。


 スカトロを期待して見に来た客たちには物足りなかったかもしれないが、今回はNJKFというライバル団体から有力選手が多数参戦してきた影響で好カードが多く、スカトロよりも普通にキックボクシングが好っきー!な私にとっては大興奮の興業であった。

 ちなみに説明するまでもないことだが、NJKFとは『舐めては 焦らす クンニと フェラチオ』の略であり、団体名の卑猥さに耐えかねて選手がビッグバンに流れてきたことは想像に難くない。

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 さて、おふざけはここまでである。ここからは真面目に語らせてもらおう。

 今回は実力者同士の対決が多く、駿太VS笹羅歩 のカードも、チャンピオン同士がぶつかる好カードだった。
 私はリングサイドのテキトーな場所で立って観戦していたのだが、たまたま笹羅歩選手の応援団が近くに陣取って声援を送っていた。笹羅歩がえらくイケメンだったこともあり、イケメン好きな私は何かの縁と思い応援団に交じって持ち前の大声で喉が枯れそうになるほど笹羅歩を応援した。

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 実力者同士の対決というのは意外と手の内の探りあいが続いて地味な展開になることもおおいのだが、最終ラウンドになって両者ともこれじゃ客が喜ばないと思ったのか壮絶な打ち合いを演じ、結果終了間際に笹羅歩がダウンして、駿太のKO勝利となった。負けはしたが立ち上がった笹羅選手はやりきった感じでリングを退場していったし、最後にバチバチのシバき合いを観れた観客も惜しげもなく拍手を送った。

  応援してた選手が負けはしたがいい試合を観れた、と私は満足してその後何試合か観た後で売店にジュースを買いに行ったら、救急隊員が担架を持って会場内に入ってきた。
 外には救急車が見えたので嫌な予感がしたのだが、しばらくしたら先ほど激闘を繰り広げた笹羅歩選手が、私の酸素マスクをつけた状態で救急車へ運ばれていった。

 キックボクサーが試合後に足や拳を骨折して病院に行くことはあっても、意識を失って病院に運ばれることはそうそうない。顎を打ち抜かれて失神KOされた場合に試合後医務室で目を覚ましても試合中の記憶が一切ない、なんてことはたまにあるが、そういう時も普通は自分で病院に行き念のために検査を受けることはあっても救急車で運ばれたりはしない。

 KOされた後普通に自力で歩いていたのにしばらくしてから意識を失う、というのは一番危険な状況なので、リング際で自分が全力で応援していた選手が、今度は自分の目の前を意識不明の状態で運ばれていくのは非常にショッキングだった。

 私は笹羅選手と直接親交がある訳ではないが、それでも御本人の生死や選手生命とかを考えると凹んでしまった。私ですらそうなのだから親御さんやジム仲間の心境は想像もできない。その後も試合は続いていくが、どこかで笹羅選手の容態が気になって集中できない自分がいた。

 あまり知られてないことだが主に頭部を攻撃し合うボクシングでは日本だけでも毎年のようにリング禍で選手が亡くなっている。
20140106095523!日本のボクシングにおける死亡事故数

 キックボクシングは蹴りも使うのでボクシングほど攻撃が頭部に集中しない分比較的リング禍は少ないが、たぶん0ではないだろう。
 プロレスや柔道でも選手が命を落とすこともあるし、格闘技とはそもそもが危険と隣り合わせなのだ。

 私自身はアマチュアとして気楽にキックボクシングをやってるだけだが、プロとして活躍してる仲の良い知合いも何人かいて、その人たちにも今回のようなことは十分起こり得るのだと思うと背筋が少し寒くなった。

 無理して派手な打ち合いにいかなければ、グダグダな塩試合を観客から野次られることはあっても、笹羅歩選手はあんな事態にならなかったかもしれない。

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 だが、一方で観客の立場でいえば、塩試合より派手なシバキ合いからの派手なKO劇が見たいという本音が私の中に確実にあるから、「選手の安全を第一に」なんて綺麗ごとは口と肛門が裂けても言えない。

 格闘技観戦が趣味な私としてはやはり派手な殴り合いを観たいと無責任に思ってしまうが、私の知合いのプロキックボクサーの方々も最近強豪との対戦が増えているので、知合いの試合に関してだけは、塩試合でもいいから安全第一で闘って欲しいな、と虫のいいことを考えてしまう。
 しかし塩試合をしようと思ってリングにあがる
選手はいないので、やっぱりそこには命の危険が常に付きまとうのだろう。

 何を言いたいのか自分でもまとめきれないのだが、とにかく、格闘技の興業というのは命懸けのエンターテイメントなんだと今回まざまざと思い知らされたのである。その後の笹羅歩選手の容態については気になって調べてみてるもののとんと分からない。ただただ無事を祈るばかりなのである。

(終)

エロ漫画家と過去からの招待状 その3

 私の名前は天馬ふぇみお、自らの人生の大半を童貞として過ごし、童貞への深い愛着がありながらも、だからこそこのままではいけないと思い一年勃起し・・・いや、一念発起し、大学2年の時に童貞を捨てた、童貞サウザーe-ロマン画家である。
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 聖帝サウザーは『愛深きゆえに愛を捨てた男』であるが、性帝ふぇみお『童貞深き故に童貞を捨てた男』なのである。何を言ってるのか分からねーと思うが、私も自分で何を言ってるのかよく分からない。


≪桧原村ワインツアー≫ 

 高校時代の童貞仲間、Aは現在頭を丸めソムリエとして吉祥寺で『イタリアワイン阿部』 という店を構えていて、フェイスブック上で久々に交友を復活させたのだが、私の『チェルノブイリ』発言によってその交友は15分で焼失した

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 一度失われた友情は戻ってこないと思われていたが、先日5年ぶりにAからメッセージが来た。

同じく高校時代の友人で早稲田大学を中退してソムリエになったⅯが、東京最後の秘境、桧原村でレストランを構えてるので、そこで『ワインと食事を楽しむ会』をするから来ないか、ということであった。参加者のほとんどはAの常連客だが、高校時代の仲間も数人来るという。呑めない私にとってワイン会はまるで興味の範囲外だが、かつての童貞仲間と20年ぶりに再会するのが楽しみで参加することにした。

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「ヴィッラ・デルピーノ」   本格的なイタリアンをリーズナブルな値段で
 食べれるが最寄駅の武蔵五日市駅から車で30分もかかるのが玉に瑕


 高校時代の仲間はソムリエのA、桧原村でイタリアレストラン「ヴィッラ・デルピーノ」を営むM、早稲田を中退してITベンチャーを立ち上げた元コンピューター部のO、某有名家電企業に勤める元メタル野郎のK、有名自動車会社に勤めるM、の5人であった。

 5人ともフェイスブックである程度の近況は知っていたが、実際に会って話すことでよりディープな近況を知ることができた。

 ある者は結婚して子供が二人いたり、ある者は同棲中の婚約者がいたり、ある者は結婚して子供がいたけどある日タイ出張から戻ってきたら家がもぬけの殻でテーブルに離婚届が一枚置かれていたり(どうりで昔は娘の写真をちょいちょいFBに投稿していたのに最近はそれを一切しなくなった訳だ)、ある者は「17年以上ズルズルと付き合ってる彼女がもう32歳で結婚をせっつかれてる」と愚痴っていたがそんなことよりも彼女の年齢を逆算したら付き合い始めた時の彼女の歳が15歳になるんすけどそれって淫行条例違反じゃぁ(;´・ω・)?・・・とかそれぞれ十人十色な人生を歩んでいるようであるが、細かいことはいいとしてとりあえず全員無事に童貞を捨てていることに私は安堵を覚えた。 

 そして5人の話題はやはり童貞まっしぐらだった高校時代の思い出へと傾倒していく。

 あの頃私や仲間たちは、合コンでカラオケに行けばヘビメタアニソンを歌い、「セックス自由にやりたいな・・はい!どこでもマンコー♪」みたいな下ネタ替え歌を歌うという男子校のノリで生きていた。
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 カラオケでミスチルを歌ったりホットドッグプレスの読者モデルがしてるようなファッションを真似するような軟弱な輩を心底馬鹿にしていて「そこまで女に媚び売ってまでモテたくねーよ」と豪語していた。女に迎合するよりもあえて笑いを取りに行く自分を誇りに思っていた。

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女に迎合しない本物の硬派とは
 こういう男のことである



 そんな尖った高校時代を送っていた私だが、しかし長すぎる年月は人間を素直な心に変えてしまうらしい。

 「ごめんなさい!俺・・・高校時代ずっと自分にも皆にも嘘ついてました!ナンパな奴らを心底馬鹿にしていたけど、実は俺、心の内ではナンパな奴らが羨ましく仕方なかったっす。
 本当は俺もモテたかったし軟派に振る舞いたかったけど、女子の前でミスチル歌ったりホットドッグプレスに載ってるような服着ても相手にされなかったらもっと惨めだから、しょぼい自分を守るために『男子校ノリだから俺は女ができないだけで女に媚び売ってまでモテたくねーし┐(´д`)┌』と言い訳してただけなんす!」


と私は魂の告白をしたのだった。20年以上自分を騙していたがもう嘘をつきとおすのも限界だったのだ。

 旧友たちから「この嘘つき軟弱野郎が!」と蔑まされると覚悟していたが、元童貞の5人も床に膝まづき次々に告解していった

「実は俺も男子校ノリに逃げていたけど本当は女にモテたかったっす・・・」 
「実は俺も・・・・・」
「俺も・・・」

 
 それは大人になった元童貞小僧どもによる魂の禊といってもよかった。

 ホットドッグプレスに連載していた北方謙三先生の伝説の人生相談コーナー、『試みの地平線』を読んでも高校生の頃はいまいちピンと来なかったが、今なら北方先生のお言葉の意味がよく分かる。

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 とりあえずこのブログを書き上げ次第、うじうじ悩むのはやめ、ソープに行ってこよう(≧∇≦)b・・・・・大人になるというのは、そういうことなのだから・・・。

 あ、そうだ、食事とワインのことをまったく書いてなかったが、桧原村のレストラン 「ヴィッラ・デルピーノ」の料理は絶品なので近くに寄った際はぜひ足を運んでいただきたい。
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(完) 

エロ漫画家と過去からの招待状 その2

  私の名前は天馬ふぇみお、学生時代は学友から年賀状が40枚近く来るほどに人望が厚く、ティッシュを一ヶ月で40枚近く(一射精につき一枚使用の計算)浪費するほどにチンボーも熱かったホットペニスe-ロマン画家である。
 人望が厚いから友達が寄ってくるのか、それとも友達を大切にするから人望が厚いのか、それはわからないが、友達にも女性にも『常に人に優しく、慈愛を持って接する』・・・それが私の座右の銘であり、その信念は漫画にも強く表れているのである。
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 ちなみに、私のもとに学友からの年賀状は40枚来たが、その前に私自身は学友に100枚以上出していたので返送率はわずか3割くらいであった( ;∀;)。
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↑1999年の年賀状。この頃はフォトショップ覚えたてな上に暇だったらしい

 さらに言うと、大学卒業の年には20枚に減り、卒業後15年以上経った今ではかつての学友からの年賀状はわずか3枚に減った。
 さらにちなみにいうと、一か月に消費するティッシュの数も歳を取った今では40枚から37枚に激減してしまった

 友情も性欲も実に儚いものなのである


《復活した友情》

 学生時代の友人のほとんどを失ったかに見えた私だったが、SNSの登場がその状況を一変させたというのは前回も書いた。

 海外ではフェイスブックで昔の恋人とよりを戻したり不倫したりするケースが増えてるらしいが、その情報をホンマでっかTVで知った私は、早速FBに登録し昔の女友達なんかを必死こいて探したのだが全然見つからない。なにしろ女性は結婚すると性が変わってしまうからだ。夫婦別姓の問題なんぞ全く興味なかった私であるが、その時初めて結婚で女の名字が変わるシステムは改めるべきだΣ(゚Д゚)と深く思った。

 しかしそんな折、かつての女友達は見つけられない代わりに高校時代の友人、Aをフェイスブック上で見つけたのだった。
 Aは高校時代、人を笑かすことに命を懸けてるような男で、せっかく早稲田を卒業したのになぜか料理学校に通い直してシェフになったという変わり種である。その後『ちん○ん荘』という破廉恥な名前のホテルでソムリエをしている、というのは風の噂で聞いてはいた。

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 しかしどうやら勤務先の破廉恥な名前の高級ホテル「ちん○ん荘」は運営先の外資系ホテルチェーンと揉めたり色々あって、Aは独立してイタリアワイン専門のショップを始めたらしかった。
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 懐かしさのあまり思わず「Aちゃん久しぶり!」とメッセージを送ったらAも「15年ぶり?懐かしいね」と返してくれた。

 高校時代の親友と15年ぶりに心を通わせた瞬間だった。

 FBのプロフィール写真をみると高校時代にフサフサの漆黒ミディアムヘアのイケメンだったAはスキンヘッドになっていた。シェフは衛生面から短髪が好まれるというし、ウケ狙いもあってあえてスキンヘッドにしてるのだろうと思った私は「どうしたその頭?チェルノブイリにでも行ってきたのかΣ(゚Д゚)?」とロシアンジョークを決めてみたところ・・・・そこから一切返事は来なかった

 てっきりウケ狙いでスキンヘッドにしてるのかと思っていたが、中年男性にとって頭髪の話は極めてデリケートな問題なのだということに当時の私は思い至らなかった。15年ぶりに復活した友情が15分で焼失した瞬間であった。

 It is no use crying over spilt milk..(『膣内に一度こぼれてしまったミルクはどうにもできない』)という英語の諺の通り、一度壊れたものは元に戻らない。私はかつての親友との絆を永遠に失ってしまったかに思えた。
 しかし、それから5年がたった2016年の夏、奇跡が起きたのであった・・・

(続)

(続)

エロ漫画家と過去からの招待状

私の名前は天馬ふぇみお、こう見えて高貴な生まれ高貴な育ちおぼっちゃまe-ロマン画家である。

 何しろ父は元環境省の官僚であり、息子の私は幼い頃より英才教育を受けて育った。やがて名門高校に進学し、名門大学を卒業した。
 しかし官僚として社会の表舞台からこの日本をよくしようと汗水垂らし働く父の背中を見て、私はあえて自分は社会の裏側から日本をよくするための仕事をしようと決意し、大学卒業後に就職した会社を一か月で辞め、そして進んだのが、世の老若男女の性欲を煽り、少子化に歯止めをかけるべくこの世の裏で奮闘する高貴な職業、The エロ漫画家という道であった。
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《青春の日々》 

 編集さんにプロットを送る時ですら「マンコ」ではなく「マ●コ」と真ん中を伏字にして表記するくらいに生真面目な私は、当然中学時代も真面目な勉強家であった。
 母上の命で中二の夏から塾に行かされ、そこで厳しい英才教育を強要させられた私であるが、勉強し過ぎたせいで「高校入ってからもう一度大学受験の勉強なんかしたくねーなー」と思い至り、エスカレーターで進学できる付属高校ばかりを受験し、名門「早稲田大学高等学院(通称・早大学院)」に入学したのであった。

 早大学院は卒業さえすれば自動的に早稲田大学へ進学できるので、もう受験の必要はない。

 でも、学院に入学して半年くらいは、私はすごく真面目に勉強した。なにしろ中学の時は勉強ができると周りからチヤホヤされたので、勉強は決して好きでなかったがそれでも「勉強できること」が私のアイデンティティになっていたのだ。
 しかし学院に入って半年もすると、勉強を真面目にやっても誰もチヤホヤしてはくれないし、それどころか英語のノートを真面目にとっても、怠け者たちから「それコピーさせて」と便利に利用されるだけだということに気づく。
 私の勉強熱は一気に冷め、私は授業中ノートもろくに取らず、クラスの優等生からノートをコピーさせてもらう側にまわるようになった。そして授業中はお絵かきばかりするようになっていった。


 早稲田大学高等学院という学校は、制服なしの私服登校で、受験がないから生徒は授業も真面目に受けず、優等生からノートをコピーさせてもらうような小狡い立ち回り方ばかり覚えていく・・・名前の通り本当に早稲田大学がそのまま高校になったかのような雰囲気の場所であった。

 ただ一つ、早大学院が早稲田大学と決定的に違うのは・・・・・女・・・雌が・・・一人もいないというその一点だけであった。

 練馬の僻地に1800人の性欲盛りの少年だけが集められ、女子の目を気にしなくていいから大声で淫語が飛び交い、勉強もせずにエロ本を回し読みし、女子高生とまともに話したことすらない童貞どもがエロビデオを観て覚えたエア前戯の腕前を競い合い、「尊敬する人物は?」というアンケートにクラス50人中6人が『チョコボール向井』と書く・・・それが早大学院という学校であった。
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 そんな環境の中、授業中はもっぱらアメリカ旅行土産の無修正ヌードトランプを参考に人体デッサンをしていた私が、将来的にエロ漫画家という職に就くのはもはや必然と言えた。

 早大学院という特殊な高校で過ごした童貞の日々は、間違いなく今の私という人間を形成する大きなルーツであり、そして大きな黒歴史でもあった。
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ふぇみお18歳(黒歴史)


 とはいえそんな濃ゆい青春を共に過ごした仲間たちとも、高校を卒業すればだんだん会うことは少なくなる。
 高校の仲間なんて、卒業から20年が過ぎた今となってはもはや遠い思い出の世界の住人でしかなかった。

 しかし、SNSという文明の利器の出現によって状況は大きく変わった。なにしろ、長らく会ってない高校の同級生の近況がネット上で簡単に知ることができるようになったのだ。

 童貞のくせにエア舌戯日本一を自称していたあいつが今は一流電機企業で働き子供もいるのか、とか、童貞だけど髪ふさふさでイケメンだったあいつが今はスキンヘッドにしてソムリエやってるのか、とか、童貞のくせにコンピューターの知識に長けていて生徒会質のPCに『同級生2』というエロげーをインスコしていたあいつは今は起業して悠々自適の暮らししてるのか、とか、童貞だったあいつが今は田舎でレストランをやってるのか、とか私は懐かしい思いで彼らの近況を眺めていた。

 そんな折、20年会ってないけど今はソムリエやってるらしい友人、A氏から食事会の誘いが来た。同じく20年あってない友人Ⅿ氏が東京最後の秘境、桧原村でレストランをやっているのでそこでワインと食事を楽しもうというのだ。その食事会には、昔の仲間が他にも何人か来るらしい。

 童貞たちが20年の時を経て再会する・・・それは正に過去からの禁断の招待状であった。

(続)
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