エロ漫画道 黎明編
全米号泣!チンポを見せに泌尿器科に行ったあの日・・・
 あの夏、一番静かな海で起きた優しい奇跡

 (前回までのあらすじ)

 私の名前は"天馬ふぇみお”。凌辱系専門のエロ漫画家である。

 この世に生を受けて三十余年、ずっと私の傍らにうずくまり、時に背伸びをし、時に白く濁った涙を流す可愛い息子
 だがそんな私の可愛い息子が朝起きたらボッコリ腫れていた19歳の夏の日。
原因不明の病に冒された息子に心配そうなまなざしを向ける若かりし日の私だった。

「お父さん、苦しいよ、怖いよ・・・」
「大丈夫だよ、今病院に連れてってあげるからね」

そうして彼の息子が連れていかれたのはとんでもない魔空空間であったが、何とか生還を果たす。

後は薬塗って息子に包帯巻いてりゃ治る・・・と思うのは世の中甘く見すぎであった。    


(その4)

 悲劇はまだ終らなかった。

ていうか、むしろ悲劇の第2章はここから始まった。

息子に巻かれた包帯はすぐ取れてしまったので(あたりまえだ。チンポとは収縮と膨張を繰り返す生き物なのだから!)、もらってきた薬を塗りたくり、多少パンツがベトベトして気持ち悪かったが気にせずに寝た。

翌朝・・・痒みは確かになくなっていた。痒みは・・・・その代わり・・・

 鬼のような痺れが股間を襲うのだった

 知覚過敏という奴だ。

女性のクリトリスは男性の亀頭の5倍もの神経が集中している、つまりクリトリスは男の●ンポの5倍敏感らしいのだが、その時の私のチン●はクリトリスのさらに5倍は敏感だった
つまりふつうのチ●ポの25倍敏感だった訳だ!!

 マジで!トランクスに先っちょがほんの少し触れるだけで、下半身全体に電流が流れたようにしびれるのだ。
 冗談抜きで、まともに歩くことすら出来ない。家の中をパンツ一丁で歩き回るときですら、ジュニアの先っちょが太ももやパンツに触れないように、パンツをずり下げた状態で思い切りがに股で歩かねばならなかった。

 それから一週間、引きこもり状態だった。
 何しろまともに歩けないのだ。学校どころか近所に買い物にすらいけない。
 2,3日すると多少慣れてきて、歩けるようにはなったがやはり一番敏感な部分がピンポイントでもろに刺激を受けると股間にスタンガンを押し当てられたように下半身の力が抜けた。

 だからなるべく外に出たくなかったし、人との接触も避けたかったのだが、こういう時に限ってやたらと遊びの誘いが来たりする。
 3日後が高校時代のクラス会。幹事である私が行かないわけには行かない。

 酒を飲むと体が痒くなる体質なのだが案の定チ●ポが再び痒くなった

 さらに高校時代の友人T満F樹が夜中にいきなりテレクラのプリペイドカードを持って家に押しかけてきたり。

 でもって、私のアパートの電話を使ってテレクラに電話をかけては
「もしもし?俺、暇してる大学生なんだけどさ・・うん・・・まじで?綱島住んでんの?俺日吉なんだよね。すげー偶然じゃね?!会わね?友達もいるんだけど。うん・・うん・・・あっちの方は相当すごいよ・・・。まじAV男優目指そうと思ってたくらいだもん
などと盛り上がりはじめたのだ。
 よっぽど「お前童貞だろ!」と突っ込んでやろうと思ったが、順調に会う約束を取り付けているので邪魔せずにおいてやった。 

 当時童貞だった私の中に入り混じる期待と不安・・・

 ・・・テレクラで知り合った女と即ヤリ状態になったらどうしよう?
今の俺のジュニアの状態ではとてもじゃないが腹上死しちまう・・・・
そもそもちゃんと立つだろうか・・・?
初体験で失敗したばっかだしな・・・

 等という心配は杞憂に終わった
勃起状態のまま夜中のロイヤルホストで待ちぼうけを食らったのだ
 純粋な当時の私は、テレクラにかけてくる女の95%が業者の用意したサクラだという事実を知らなかったのだ

 そんな不摂生がたたり、2週間後、ふたたびチ●コが腫れた・・・!
しかもその日は日曜日。M泌尿器医院は休みだ!

なんてこった。不幸のダブルパンチ!

 しかしながらとてもじゃないが月曜まで待てない私は、タウンページで日曜日もやってる病院を調べ、渋谷にあるKクリニックというところに足を運んだ。そこのクリニックの先生はまだ若いが、感じのいい先生であった。
 しかも、驚くなかれ、イヤむしろみんな聞いて驚け!この先生はなぁ,

俺の●ンポ触るとき,手袋はめてくれたんだぜェ!

そして病状を説明してくれたのだが,わたしはそれを聞くのも忘れてただただ感動していた
 他人のチンポを触る時に手袋を嵌めるか嵌めないかなんて、巨大な地球の営みの中では取るに足らない小さなことかもしれない。
だが、そんな小さな優しさでも、ちっぽけな一人の人間の心を暖めることは可能なのだ。
 人と人との付き合いというのはこういった小さな気遣いの積み重ねによって成り立っている・・・・
 わたしは人生における大事な何かを学んだような気がした。
 全てを許そう・・・・・。
一年前自分を振った千●美ちゃんを許そう。
初体験に失敗したとき、本気でへこんでる私を大笑いした友人たちを許そう。
夜中にロイヤルホスト前で待ちぼうけ食らわせたテレクラ女(業者のサクラ)を許そう・・・。

そのときばかりはまるで菩薩でも生まれ変わったかのように人に優しくなれる気がした。こうして、少年は大人になっていくのだろう。

あの夏、一番静かな海で起きた優しい奇跡を私は決して忘れない・・・・

 Kクリニックでもらった薬を塗って,先生の言った注意事項を守って生活していたら,あっという間にわたしのジュニアは完治した。

ものの3日で全快だ。

だったら今までの痺れチンコ2ウィークsはなんだったんだ!!???

要するにこの事件の最大の教訓は、医者も友人も選ばなければならないということだろう。

ちなみにだが、私のチンコが腫れた理由は性病の類ではなく、どうやら一時的なアレルギーが原因だったらしいが、今となってはどうでもいい話だ。
さらに余談だが、M病院でもらった,チンコを痺れさす魔法の薬は即刻捨てた・・・