E-ロマン画家天馬ふぇみおの笛美男IZM

底辺エロ漫画家...もとい愛の"ロマン"を紡ぐ『E-ロマン画家』、天馬ふぇみおの肥溜みたいな日常を綴るブログ

2011年03月

近況報告2011.03.25

私の名前は天馬ふぇみお、世界を股にかける、そして精子を女の股にかける、ハイパーエロメディアクリエイターである。原発の行末を気にするなら分かるが、今のご時世に私の近況を気にする輩などいるのだろうか・・・?
 
 需要はたいしてなさげな気がしないでもないが、一応営業の一環としてこのブログを始めた手前、仕事の告知をしたいと思う。

《プレイコミック5月号 発売》



 プレイコミックの5月号が3月25日、秋田書店より発売である。

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 夏原武先生と組んで連載中の「LOVERS HOTEL」も勿論掲載されている。早いものでもう8話目である。

 しかも掲載順は前から3番目。自分の作品の評判を知るのが怖くてアンケートの順位なんかは一切訊かずにいる私には、掲載順でしか人気を推し量る術はないので、前の方にあるととりあえず一安心である。
 私は極度の小心者なので、掲載順が後ろのほうだった日には胃がキューッとしめつけられてしばらくは何もやる気が起きなくなる。

オナニーすら一日一回しかする気も起きなくなる。

 漫画家の世界とは常に生きるか死ぬかのサバイバルなのである。

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今回は、私の方でストーリーをつくって原作の夏原先生に提案差し上げたものが採用された。

 「都条例改定前駆け込みやり逃げ企画 16歳の少女のマンコにチンコぶっこんじゃいました!」というタイトルで、夏原先生にプロットをお送りしたのだが、タイトル以外はほぼそのまま採用していただけた。
 私のつけたタイトルの何が悪かったのかは分からないが、きっと土曜サスペンス劇場並に長すぎるタイトルが良くなかったのだろう。

 ちなみに、プロット一個だけだと「こいつは一つのパターンでしかストーリー作れない奴だ」と思われてしまうかもしれないので、自分の引き出しの幅をアピールする為に、もう一つまったく違う方向性のプロットも送ってあった。

 題して、「都条例改定前やりにげ企画 14歳少女のマンコに中年男のちんぽぶっこんじゃいました」
・・・そちらのプロットは何故か速攻で却下されてしまった・・・

 ちなみに私のこのブログだけ見ると、どこのエロ漫画雑誌の話かと思う方もいるだろうが、一応言っておくがプレイコミックは普通の一般誌であり、ほとんどの連載作品は戦記物やら料理物やら活劇モノやらの健全なものばっかである。

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 余談であるが、今回は丹波のろ先生の読みきり「ファロと呼ばれた女」が掲載されていて、その小さいカラーカットがプレイコミック表紙の左上のほうに載っている。
 実は、「丹波先生がお忙しいので、カットの彩色をお願いできないか」と編集さんから頼まれたので、私が引き受けようかと思っていたのだがそのときは私も結構忙しかったので、友人のエロ漫画家である稚名はなび先生にお願いしてやってもらった。
 丹波先生の書いた線画にPC上で色をつけるだけの簡単な仕事であるが、そのときは締切が二つ被っていて、ほんの半日程度のロスも厳しかったのだ。なので、稚名はなび先生の好意に甘えて、仕事を回してしまった。

 今では後悔してる。稚名はなび先生だって自分の仕事もあり、忙しいだろうにこんな面倒ごとを頼むなんて。

 本当に後悔している。さきほど稚名はなび先生から連絡があり、プレイコミック編集部からカットの着彩代とは別にお礼として読者プレゼント用のオナニーグッズ、TENGAが送られてきたそうだ



 ・・・・・俺が自分で彩色引き受ければよかった・・・・・・Σ(゜Д゜;)!!!


 本当に後悔している。

真面目な話2011.03.16《金~MONEY~》その2

 私の名前は天馬ふぇみお、チクビの描き方に異常にこだわるハイパーエロメディアクリエイターである。

 よくブログとかで政府や政治や映画や漫画について、やたら上から目線で批評してる人がいて、傍から見てるととても痛々しいので自分はそうならないようにいようと思っているのだが、最近真面目に震災について語ってたせいか、普段チンポだおっぱいだ描いてる己の下卑な身分を忘れてしまい、なんか自分が偉くなってしまったかのように勘違いしてしまうことがある。危険な兆候である。

 人は謙虚な気持ちを忘れてはいけない。自戒せねば。

 そんなわけで、弱く愚かな大衆諸君、ブログを更新するのでありがたく拝読しやがれ。


《金~MONEY~》その2


 震災の被災者のために自分に何が出来るか・・・?答えは金だ、と前回書いた。なぜなら、カネは嘘をつかないからだ。

 震災のショッキングな映像を見て、いても立ってもいられない人はたくさんいるようで、ミクシーのマイミクのマイミク(要は私にとって赤の他人)の人が、「週末に被災地にバイクで救援物資を届けに行く」と宣言してて、それに賛同するバイカーが次々と書き込みをしていた。

 しかしながら、それはただのはた迷惑というものである。大規模災害の被災地にとって個人からの救援物資はゴミと同じである。ユニクロがヒートテック10万着を寄付とか、日清がカップ麺100万食を寄付、とか企業の大規模支援なら話が違うが、四十万人もの被災者がいるのに、個人からおにぎり30食、パン50食、ツナ缶30個、とか中途半端に届けられたところでどう管理してどう配布しろというのだ。そういうものは結局どうにも出来ず、管理する人出も足りないから腐らせて終わりになることが多いらしい。
 やらない善よりやる偽善、という言葉があり、私もその言葉には賛成だが、世の中にはやらないほうがましな親切というものも確実に存在するのだ。
 
 アホが買占めしていて物資が足りないし、ガソリンも足りないし、マイカーによる渋滞で関東圏ですら救急搬送や流通トラックなどの本当に必要なインフラに支障が出てるというのに、個人が米やパンを買占め、ガソリンを大量に消費して、交通インフラに負担をかけて、せいぜい数十から数百食分の食料をバイクで届けてなんになるというのだ。

 ・・という旨の内容を、もっと相手を持ち上げる感じ(「●●さんは本当に優しくて行動力に富む人ですね・・でも冷静に考えてみてください」・・・的な感じ)で書き込んでみたのであるが、やはり彼らの心にはあまり響いてないようである。


 災害復興のために素人の労働力が必要になるのは、もう少し先の話である。プロによる救難活動が一段落して、世間も落ち着き始め、メディアから前ほどは注目されなくなってきた時こそ、ボランティアの労働力が必要で、そういうときに行くのならまったく否定はしない。

 だが今のタイミングで部外者の素人が被災地に行くのは、自己満足のオナニーどころか、いろんな方面に迷惑かけるだけだというのに、彼らはどうしても善意の気持ちを金ではなく行動でしめしたいらしい。 

 謙虚な私は心から痛感した。

 馬鹿は何もしないのが一番の社会貢献なのだと。

 同じ自己満足のオナニーをするなら、自分のチンチンをしごいている方が誰にも迷惑をかけない。なので、馬鹿な私は極力外には出ず、自己満足のオナニーとして自分のチンチンをしごきつつ、被災者には義援金だけ送ろうと思う。

 そう、世の中はカネなのである。

 カネは嘘をつかない。女は平気で嘘をつき、思わせぶりなことを言ってこちらを舞い上がらせる癖に結局セックスさせてくれない。でも、カネを握り締めて大久保のホテル街に立ってる外人女性に声をかければ、かならずセックスできるのである。

たまーに「義援金は額じゃない。100円でも200円でもそこにどれだけ気持ちがこもってるかだと思います」みたいなアホ丸出しな愉快極まりない戯言を目にすることがあるが、はっきり言って、義援金で大事なのは『額』である。

 気持ちで腹は膨れない。100円ではうまい棒が10本しか買えないが10000円なら1000本買える・・・つまり1000倍被災者の役に立つ。小額でも出さないよりも出したほうがいいに決まってるが、いっぱい出せるならいっぱい出したほうがいいに決まってるのだ。そう、カネは嘘をつかないのだ。


 ならば具体的にどれくらいの金額を送ればいいのか・・・?インフォシークニュースのとある記事によると、『自分を3日雇える金額』がいいんじゃないか、と誰かが書いていた。

 マドンナやレディ・ガガらハリウッドセレブたちが云千万単位で義援金を送ってるのをみると、自分がなけなしの金を送ることに意味があるのかと思うかもしれないが、彼らは云十億の年収があり、その中の数千万なり数億なのだ。だからそれぞれが送れる範囲でカネを送ればいい。その目安が、自分が3日被災地でボランティアしたつもりになって、その分自分が稼げたであろう金をおくればいい。

 ・・・記事の内容はそんな感じであった。つまり、月収の10%が目安ということだ。たしかにウチの親父様は15年前震災に見舞われた兵庫県の私立大学で教授をしているが、職場では半強制的に月の給料の10%を義援金として徴収してるらしい。

 なので、自分も月収の10%ちょいを義援金として送ることにした。

 心からの善意かといえば、半分は偽善であるが、それでもカネは嘘をつかない

 不謹慎な友人を諌めたり、ブログで偉そうなこと書いたりした手前引っ込みがつかないという事情もあるし、社会的被差別職業であるエロ漫画家が義援金を送ったら世間からの見る目も多少変わるかもといういやらしい算段もある。それでもカネは嘘をつかない。

 チンコマンコを描いて得た、卑猥なオーラと偽善的野心にまみれたカネであっても、カネは嘘をつかない。

 小学生が一か月分のお小遣い500円を100%純粋な善意で寄付したとしても、私の偽善にまみれた寄付金はその百倍の人たちを救える。そう、カネは嘘をつかない。

 そしてレディ・ガガが偽善なのか純粋な善意なのかは分からないが、彼女の送る寄付金は私の1000倍いじょうの人を救う。それを考えると、自分のちっぽけな決心も虚しくなるが、多かろうが少なかろうが、金はかならず被災者の役に立つ。カネは嘘をつかないのだから。

 なので・・・自分の出来ることをしようと思う。器も小さく勇気も優しさもなく、チンポも小さい私にできることは、はした金を寄付することくらいなのだから。





(追記:ミクシーで「バイクで救援物資を届けに行く」といってた彼らははいまだに行く気まんまんなようである。役に立つか立たないかは現地にいって自分で判断すればいい、とのことである。周りは彼の男気を褒め称え、追随する同士も何人もいるようだ。

 現地に行くことがすでに迷惑、との発想はないようだが、そういう頭のねじの外れた方は思いのほか多いようで、NHKラジオによると東北までの道は非常に混雑してるそうだ。物資を運ぶトラックの通行にも支障をきたすほどに・・・。さらに渋滞によって燃費も悪くなるからタダでさえ不足してる東北地方のガソリンを彼らが食いつぶし、帰れなくなって車を置いて帰る奴もいるとか。)

真面目な話2011.03.15「金~MONEY~」その1

 私の名前は天馬ふぇみお、ハイパーエロメディアクリエイターであり、このブログでもシモネタやシモネタやシモネタなどの多岐にわたる話題を語ってきたわけであるが、さすがに今は非常事態であるし、シモネタをいう気にはならない。
 漫画家が漫画作品以外の場所で政治的な話や社会問題に触れるのはどうなんだろう、という思いから今まではエロ漫画家の仮面を被り、無理してシモネタキャラを貫き徹してきたが、もうそれも限界なのだ。

 何故か、前回の地震の記事がそこそこ反響があるようなので、今回もエロメディアクリエイターとしての仮面を剥ぎ捨て、素のままの自分で真面目に語ってみようと思う。というか、地震のニュースが気になって仕事に身が入らないので、ブログに逃避してるわけである。

 ところでニュースで『オナがわ(女川)原発』と言われるだけで体がピクンと反応してしまうのは私だけだろうか。だとしたら私は深刻な職業病に陥ってるのかもしれない


 『金~MONEY~』

 今回のテーマは「金」である。

 東北大地震を受けて、色々考えさせられることがあった。

 例えば、高台から津波が押し寄せる様子を撮影した映像。迫る津波を背に必死に走る人たち。でも間に合わない。

 そのあとどうなったのかは映像が途切れるので分からないが、見る限り、誰か動けない人を頑張って運ぼうとして逃げ遅れたようにも見えた。

 果たして自分なら、津波が迫ってるような状況で、大事な人間が動けない中、どう行動するだろうか・・・?見捨てて一人で逃げるか?見捨てずにいるか?

 見捨てなきゃ自分も一緒に死んでしまう、と冷静に分かっているならば、たぶん一人で逃げると思う。でも上から俯瞰でみれば津波がどれくらいの距離に迫ってるかを判断できるが、逃げてる当人にはそんな予測は出来ないだろう。
 
 「ひょっとしたらまだ余裕があるかもしれない、いや、むしろもう余裕が無いかもしれない」・・・・その判断がつかない中で、自分はどう行動するだろうか?
 相手を見捨てて一人で逃げた挙句、結局大事な人間も助かった場合、それ以降どう人間関係を続けていけるだろうか・・?いろいろ考えてしまって仕事にならない。

 あまりに本気でシミュレーションしてしまい、「俺が常日頃から運動しとけって言ってんのに聞く耳もたねーからいざって時に逃げ遅れるんじゃねーか・・・なんでそれで俺が割喰ってこんな辛い判断させられなきゃいけねーんだよ?ふざけんじゃねーよ!!」と本気でそいつに腹が立ってしまい、そいつに電話かけて言い放った。「死にたくなかったらジョギングくらいしろよ!俺、泣きつかれても助けねーからな!!」、と。

 まあ、一つ確実にいえるのは、どうシミュレーションしたところで、人間はその時になってみないとどう行動するかなんて分からないということだ。自分は絶対見捨てない、なんてことは口では幾らでも言えるが、実際人生は予想通りに行かないことの方が多い。

 私は漫画なんて簡単に書けると思っていたけどデビュー当時の漫画を見返すと尿道に毒針刺したくなるくらいヘタクソだし、簡単に売れっ子になれると思っていたけど10年経ったいまだに泡沫へタレ作家のままである。
 だから、「俺は仲間を見捨てない」と今の段階で宣言しても無駄なのだ。

 そう思うから、私は女性に「アタシが危機に陥ったとき助けてくれる?」と言われると、必ず「その時になってみないと分からない。パニクッたら自分ひとりで逃げてしまうかもしれないし、ひょっとしたら助けるかもしれない」と正直に答えるのだが、その答えに満足して納得する女性を見たことが無い。

 きっと「うん、俺絶対助けるよ」と笑顔で答える男に馬鹿な女はきっと股を開くのだろう。そして孕まされて「責任とってよ」、と女が泣きつくと、そういう男に限って「本当に俺の子なの?」とか冷たく言い放つのだ。
 私は誠実な男なので誠実に答えるのに女にはもてない。不器用な男がモテル・・・これは迷信だと世の男性諸君にはおぼえておいてもらいたい。

 さて、前置きが長くなった。本題、「金~MONEY~」の話である。

 自分が今回の惨状について何が出来るだろう、と考えてみたときの結論がこれなのである。

 そう、世の中は「カネ」だ

 前回の記事で、東北出身らしい方からの書き込みがあり、その方曰く

「被災者は同情や哀れみより援助が欲しいと思います」

とのことであった。私も全く同じ意見である。こんなヨゴレのエロ漫画家に「同意見です」、といわれて、そのコメントを下さった方が喜ぶかどうかはともかくとして、私もまさしくそう思う。

「被災者にお悔やみ申し上げます。被災者のために自分の出来ることを精一杯頑張ります」と、言うだけなら簡単に出来る。だがその言葉が、寒さに凍える被災者達の腹を満たすことはない。腹を満たすのは食料であり、寒さを和らげるのは毛布であり、とどのつまり、それらを調達する為の「カネ」であると思う。

 私は震災直後に飲み会行こうとする友人を諌めた。だがそれで「自分はこんだけ震災に心を痛めてますよ」とアピールしたところでそんなものはクソの役にもたちはしないのだ。

 それで導きだした結論が・・・「自分に出来ることは『金』を送るくらいなのだ」ということなのである。

 前振りが長過ぎて話が長大になってしまった。続きは次に語るとしよう。

真面目な話2011.03.12 「震災」

 私の名前は天馬ふぇみお、大抵の事はチンポとオナニーに結び付けて笑い話として茶化してしまえる私であるが、流石に今回の地震だけは冗談めかして書くことはできない。シモネタを期待してる方は読まないでいいと思う。

 今回の地震では色々考えさせられた。そのことについて少し書きたい。

 地震当日、トイレでウンコしてるときにいきなり揺れた。最初はよくある程度の地震かと思っていたが一向に収まる気配もなければ家の中のものがどんどん倒れていく。猫たちも右往左往して走り回ってる。私はウンコも拭かずにズボンをはいてとりあえず外に出た。

 余震が何度かあり、そのたびにビクビクしながら外に出て、家に戻っての繰り返し。猫が家のどこかに隠れてしまい、揺れの影響で窓も知らぬ間に開いてしまったので、外に逃げたのかもしれないと思い真っ青になって探したものだ。猫に関しては別の機会に触れよう。

 地震は本当に怖かったが、まだそのときは自分の中では笑い話で済んだ。東北が震源らしく、遠く離れた関東でこんだけ怖かったんだから、近辺の人の恐怖は半端無いだろうな、くらいには思ったが、夕方くらいまでは「死者20名か・・・史上最大規模の割には被害は少なかったんだなぁ」と不謹慎ながら呑気な感想を抱いていた。

 深夜になって、具体的な被害が分かってくるにつれ、不思議な感覚に襲われた。未曾有の災害、とテレビ全局で映画のワンシーンのような衝撃的な映像が流れてくるのだが、自分は普段よりちょっとアクシデントがあった程度でふだんと変わらず生活してる。地球の裏側の話ではなく、同じ国の昔親父と旅行行った場所で、親戚も住んでたりする地域での話なのに、現実に認識が全く追いついてないのだ。

 本当に自分は今未曾有の災害の真っ只中の国で生きてるんだな、と実感を持って感じられるまでには一晩かかった。普段、ニュージーランドで地震が起ころうが、多少は心が痛むが所詮他人事なところがあった。

 今回は他人事とは思えなかった。

 それは現実に自分が地震で感じた恐怖によるところが大きいのだとおもう。

 自分が感じた恐怖とは比較にならない恐怖を被災地の人たちは感じ、そしてそれは自分の住む場所からそう遠くない場所であり、自分が偶然震災当日にその場所に行く事だって有り得た・・・そういった事実があるから、ハイチの地震もニュージーランドの地震も他人事なのに、今回に関しては他人事とは思えなかった。


 で、ここからが話の核心部分なのだが、地震の翌日の土曜日、3月12日、その日私は飲み会に出る約束をしていた。前日の午後まではたいした震災でもないと思っていたので、幹事から「明日予定通り集まるよ」とメールが来ても、特に驚かず「何処に何時?」と返信した。

 一晩たって、被害状況をつぶさに目の当たりにしたら、とてもじゃないが呑気に酒呑む状況じゃないので飲み会をやめようと幹事にいったところ、「皆集まるから来なよ」とメールが来たので「正気か?」と返した。

 そしたら電話がかかってきて、偽善者だとなじられた。

 彼の言うことは間違ってはいない。

 被災者を心配して家でくすぶっていようが、外で愉しく酒呑んでようが、それで何が変わるわけではない。東北で大災害だから飲み会やるのは不謹慎だ、というならば、どんなときでも世界中どっかしらで大災害が起きている。

 ニュージーランドやハイチの地震の時には「異国で人が死んでるんだから飲み会とかは自粛しようよ」と言っても変人扱いしかされないだろうし、実際私はハイチ地震の翌日に飲み会誘われても多分普通に行って愉しく酒を飲んでくるだろう。
 また最初被害者が数十人程度だと思ってたときには、私は飲み会に出る気でいたわけだが、被害者数十人の地震なら飲み会OKで、被害者1000人以上なら飲み会は自粛すべきなんてのもよく考えればおかしな話だ。また国内の震災なら自粛するけど、海外の震災なら気にせず飲む、というのもおかしい。

 ではなぜ、今回の地震の翌日に飲み会をやること、そしてそれに他のメンツは疑問も持たずに集まることに対して、「正気の沙汰じゃねーな・・・」と思ったかというと、結局それは『感覚』というしかないのだろう。

 私にとっては今回の地震はそれまでのほかの地域の地震と違って、他人事ではない。

 自分もまかり間違えば死んでたかもしれない、とか、助かっても愛猫達は見捨てざるを得なかったろうから(実際私は子供のように可愛がっていながら、今回地震から逃げるとき猫を連れてこうとはしなかった)猫のいる建物が津波に飲まれてくのを見ているしかないとしたらどんだけ悲しいだろう、とか、おぼれるときの苦しみはどんなだろう、とか考えてしまう。

 不謹慎だとかそういう問題ではなく、とてもじゃないが愉しく酒を呑む気分にはなれそうもなかった。他の皆もそうだろうと思っていたが、皆はどうやらそうではないらしい。

 これはどっちが正しいとかではなく、『感覚』の問題なのだろう。


 私の感覚では、ニュージーランドで人が死んでも酒を飲めてしまうが、ニュージーランドに知り合いのいる人だったらとても飲む気分になどならないだろう。逆に、私なら近所の可愛がってる野良猫が死んだらとてもしばらくは酒のんではしゃぐ気分にはなれないが、人によってはそんな私の感覚など理解も出来ないだろう。
 それと同じなのだ。『感覚』とはそういうものだ。

 彼にとっては私の『感覚』は「偽善」でしかないし、私にとって彼やそのお仲間の『感覚』は理解の範疇外なのだが、どちらが正しいとは決められない。
 だから議論しても仕方ないし、多数決で正否を決められるものでもないのだ。


 私に出来るのは、自分の感覚と判断は間違ってない信じるだけなのである。

 でも多数決で正否を決めるものじゃない、といいつつも「俺の感覚、間違ってないよね?」と色んな奴に確認とる程度の、みみっちい男、それが私である。

 ちょっと腹に溜まるものがあって、長々と駄文を連ねてしまった。未曾有の大地震だというのに、結局私が考えることは自分自身のことばかりだ。まごうことなく私は偽善者である。そして短小であり早漏でありインポ気味なのである。



 でも実際問題、俺のような矮小エロ漫画家にできることなんて、救助の邪魔にならないように家でおとなしく節電に努めつつ、はした金を寄付することくらいしかないんだよな・・・。
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